第6回 日本緩和医療薬学会年会⑤

⑦「スピリチュアルケアへの手がかり」

ケアの考え方について講演がありました。

医療のことは日常的に接してきましたが、今回、スピリチュアルケアという精神的な考え方についてのシンポジウムは衝撃的でした。

 

このテーマに薬剤師が興味を持ったことを医師や各専門家の立場から歓迎するとのことでした。

患者と接する前に、自分たちが今一度考えないといけないことが、数多くあることを示唆されました。

 

スピリチュアルケアとは、終末期に限らず人生のさまざまな場面で生きる意味を失い、自分に価値をおけなくなった人、生きることの空虚・無意味・孤独・疎外を感じ、自己の生そのものに苦しむ人のスピリチュアルペイン(=自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛)を和らげ、なくするケアのことです。

 

現在、医療技術(キュア)は進歩してきましたが、ケアでは人との関わりをいかに大切にするかが問われています。

人々は物質的な豊かさはありますが、一方で孤立や疎外・不安を体験し、生きることの無意味・無価値から生じる苦痛に苦しんでいます。

 

日本において、スピリチュアルケアという歴史的背景が無い中で、それを誰が行っているかについて、患者からの「人生は無意味」という訴えに対しては、宗教的背景がない施設では看護師82%、医師75%と言われており、薬剤師の関与は見られません。

医療現場において、スピリチュアルケアの必要性を感じながらも、何から始めたら良いのか“手がかり”がないと感じている薬剤師が多いのが現状です。

しかし、スピリチュアルケアは、薬剤師にとって、必要性がまだまだ認知されていない、対人医療の大きな未開拓の領域です。

 

海外のことが取り上げられる中、実際には、古くから仏教の教えの中にもスピリチュアルケアという考えはありました。

スピリチュアルケアを実践するには、相手の話を良く聞き(傾聴)、勝手に判断しないで、患者の話を素直にありのまま受け入れることです(ただ、聞いてあげるだけで良いとのこと)。

気持ちを込めて接すること、専門的な話は必要なく、傍にいるだけで気持ちが伝われば患者は満足し心を開きます。

 

例えば、能や狂言の世界で付けるお面を「面」と書いて「おもて」と言いますが、その反対のうら(裏)のことを「心」と言います。

人のことをうらやましい(うらやむ)と言うことは、心(うら)が病んでいるから、その様に思うのであって、自分は自分であること今一度考える必要があるでしょう。

 

小便に行った時に、ありがとうと言う人がいるでしょうか?

透析をしている人は、小便も普通には出来ない人もいます。

自分では、出来て当たり前と思っているから感謝しないのであって、自分が当たり前と思うことを他人も出来て当たり前と勝手に決めつけているだけです。自分が出来ることを感謝し、ありがたく思うことです。

他人に求める前(ターミナルケアを行う前)に、医療に従事する者が、そのような気持ちを持たないで、良い医療は出来ません。

それができれば、そこには言葉は要りません。今一度、自分の心に問いかけてみて下さい。

 

近年、服薬に関する表現も変わってきており、患者さんが、正しく服薬することをコンプライアンス(命令・指示通りに服用)からアドヒアランス(決められた通りに服用)と変更され、最近では、コンコーダンス(インフォームドコンセントと同様な意味)と言われ、医療者と患者の間で明確な意見の一致の上で服薬するという表現をされるようになっています。

すべてが患者に決定権を与えることから、このように表現されるようになりました。

 

毎日、真剣に取り組むことも大切な反面、仕事に追われて燃え尽きることのないように(看護師の40%以上に改善が課題とされている)、臨床現場で働く医師,薬剤師など医療従事者の心身のリフレッシュ(心身の余裕)を図ることも良質の医療を提供し続けるために大変重要です。

 

在宅医療、緩和医療では、日頃から医療に従事する我々が、そのあたりを強く意識し、相手の話に傾聴し、相手を心から思いやること、互いに信頼し合うことができなければやるべきではないと感じました。

 

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